海坂藩の面影 〜蝉しぐれ〜
2007.04.20 Friday
なんと言っても藤沢周平の代表作といえば『蝉しぐれ』小説の舞台となった地と映画『蝉しぐれ』にゆかりの地を訪ねてみました。
藤沢周平の生まれ故郷黄金村を後にして羽黒街道を目指します。
鶴岡市羽黒町松ヶ丘にある庄内映画村が現在運営している「蝉しぐれ」のオープンセットに到着。現在は撮影時のオープンセットが移設されたと言う事です。
さすがに植栽などもなく映画の世界よりは色あせて見えたのが残念。奥が牧文四郎の家、手前がお福の小柳家です。
当時はセットの中へは入れなかったらしいですが、現在はOKと管理人のおじさんに教えていただきました。ならば! セットの中に足を踏み入れ文四郎の雰囲気を味わってみました(笑)
天気がよければ金峰山が見渡せるらしいのですが、、、、この日は生憎の雨

次に訪れたのは松ヶ丘開墾場跡に立つ「蝉しぐれ資料館」オープンセットのちょっと手前にあります。
¥300円を支払い中へ。
残念ながら場内は撮影禁止!
ロケ風景のパネル、名シーンの台本、撮影時のタイムスケジュールなどが展示してあります。
最近もスカパーで「蝉しぐれ」見直しました。
小説とは設定が違いますが父の遺体を荷車で運ぶのに苦労しているところへ”ふく”が駆け寄るシーンはこの映画の中ではもっとも好きなシーンです。
鶴岡駅舎内にある鶴岡市観光案内所で「観光パンフレット」をいただきながら職員のステキなおばさまにお話しをうかがってみました。やはり私と同じように藤沢周平ゆかりの地を訪ねる旅人は今も多いようです。
駐車場やお薦めの場所などを伺い「龍覚寺」へ。
この龍覚寺はその名前と立地からみて 文四郎の父 助佐衛門が切腹を名ぜられた『龍興寺』のモデルといわれているお寺です。
案内看板No.16
鶴岡市内を流れる内川は藤沢作品にたびたび登場する『五間川』のモデルとされる川です。ここ三雪橋は私の子供の頃から朱塗りが目にも鮮やかな橋でした。高校時代、合宿所を抜け出しこの橋の側に当時あった屋台で仲間と焼き鳥を買って食べた事を思い出します。
案内看板No.14
ここ丙申堂(入館料300円)は庄内の豪商、風間家の住宅です。今回の旅の中では一番 お気に入りの場所となりました。
石置き屋根が特徴で明治27年の”酒田地震”を教訓として耐震にも気を配り 梁にも工夫が見られるステキな建物でした。
風間家の末裔の方なのでしょうか?一人で訪れた私にも丁寧に説明して下さいました。
映画では里村家老邸のシーンが撮影されたそうです。お座敷では家老が文四郎に城内勤めを言いつけるシーンやお福の「お子をさらってこい。」と申し付けるシーンを。
庭園では文四郎がラストシーンへ通じる箕浦の湯宿を訪れるシーンの撮影が行われたとの事。
宿へ着いた文四郎が番頭の案内で宿へ。
そしてこの小座敷では髪を下ろす決心をしたお福が文四郎(助佐衛門)と再開するシーン、すなわち映画でのラストシーンが撮影されたそうです。この縁側でお福が文四郎を待ち、到着した様子を感じ振り返る。
「文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」
背中越しにお福
「それがし、、、、、、、」
心の中で文四郎の台詞を言ってみました。
当たり前ですが 染さま には遠く及びませぬ


小説ではこの二人が想いを遂げ結ばれたようにもとれる描写がありましたが映画には全くありません。
しかし、きっとふたりの心は満たされたのだと思えるこのふたりの演技、そしてこのシーンに想いを込めたであろう監督の演出、、、、、私は好きです。
映画としては不満も残る部分も多々あった「蝉しぐれ」、小説同様このラストシーンだけは何度も繰り返し観たいと思わされます。
駕篭の中から文四郎を見つめ泣き崩れるお福の演技、木村佳乃っていい女優さんだったんですね。
